1973年に英国ウェスト・ミッドランド地方の有数の工業都市であるバーミンガムで創業。Billingham（ビリンガム）の歴史は、創業前、夫のマーティン・ビリンガムの趣味の写真撮影にぴったりな機材用バッグを、妻のロス・ビリンガムが手作りしたことからスタートしました。

始まりの場所は夫婦の自宅でした。最初の工場である自宅兼アトリエでは、部屋にミシンを置いて、寝室に大きな作業台を設置し、、地厚なキャンバス生地をハサミで裁断し、レザーをナイフで裁断していました。通常の洋服の生地と違って高密度に織られたキャンバス生地や分厚いレザーを切るのは、非常に至難の業でした。また、最初は本業の傍らで余暇を利用して製作していました。1977年になる頃、ようやく500平方フィートの作業場を借りられるようになり、1人の職人を雇用できるようになりました。

アメリカへのフィッシングバッグ輸出がブランド発展の契機でした。フィッシングバッグとして輸出していたバッグをニューヨークの写真家が愛用していることを耳にすると、その事実を知った夫婦は、すぐさまカメラバッグをデザインし、1週間で完成させました。そのバッグこそが「SYSTEM-1」と呼ばれている、現在まで生産されているブランドを代表するアイテムです。

当時のカメラバッグは耐久性が高いという理由からハードケースのものばかりが一般に流通していました。そのような時代には、フィッシングバッグのような見た目のビリンガムのコットン製のバッグをイギリス中のカメラ店に持ち込んで営業しても、褒められることも興味を示されることもありませんでした。そのような背景から店舗販売は難しく、メールオーダーでの通信販売を中心に行っていました。それでも諦めずに『the British Journal of Photography』という写真専門雑誌へ地道な広告掲載を続けました。

※the British Journal of Photography：英国内で1854年から発刊されている伝統的な写真専門雑誌

アールズ・コートで開かれた写真展に初めて出展したときのエピソードがあります。地道に継続していた広告が功を奏したのか予想以上に多くの来場者がビリンガムに関心をもってブースに立ち寄りました。一般の人々だけでなく、有名なフォトグラファーも数多くビリンガムのバッグを見に来ました。その中には1960年代、イギリスのファッション写真家として活躍したテレンス・ドノヴァンもいました。彼が、元王室専属写真家だったリッチフィールド卿と腕立て伏せの回数を競い、負けた彼はリッチフィールド卿へ賞品として「SYSTEM-1」をプレゼントしたという話が残っています。有名なフォトグラファーも使ってみたいと思うまでに人気になっていたことを証明するエピソードです。それは決して広告の効果というわけではなく、「モノ」としての性質が優れていたから人々の注目を集めることができたということでしょう。ハードケースがカメラバッグとして用いられるのが主流だった時代、コットンキャンバスを使用したバッグは軽量で耐久性も高く、機動性も兼ね備えていた画期的な発明でした。

※アールズ・コート (Earls Court) ：イギリスの首都ロンドンのケンジントン・アンド・チェルシー区に属する地区。チャリング・クロスの南西3.1マイルほどの地域。

同じ頃、ジャーナリスト兼写真家のケヴィン・マクドネルが、『Practical Photography Magazine』誌の中でBillinghamのバッグを何度も取り上げて記事にしてくれました。ビリンガムの魅力を何度も世間に伝えてくれたのです。

※Practical Photography Magazine：1959年に創刊されて以来、イギリス国内で発行されていた月刊写真誌。2020年コロナ禍にて休刊。